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雑感
舞台がフロリダということもあり、海と少女と親の仲睦ましい光景が調和して、色彩が鮮やか。また、子役のメアリーの演技が素晴らしく、特にしかめっ面が圧倒的可愛さで、心が洗われました。まさにザ・ガール!
ストーリーはオーソドックスでリズムが良くあっという間に上映が終わったと感じた。しかし、テンポが良すぎて、展開を読むことが多少簡単であったように思えた。
それを含めても、子供が天才が故に、その子のためと思い、色々な人の価値観が交錯する示唆に富む映画だったと思う。
教育方針が対立する
この映画は祖母と叔父の子育ての方針の齟齬が多く描かれていた。祖母であるイブリンは天才少女であるメアリーにレベルに合った教育を施してあげたいと考えていた。一方で叔父であるフランクは一般的な子供のように生活させてあげたいと主張している。
確かに、天才少女に「1+1』や「3+3」など一から教えるのは、中身がないよう思える。
一方で、天才だからといって、学力に伴ったレベルの学校に通ったところで、年齢が10歳以上離れた人たちと会話し、友達を作ることは難しい。私自身、子供の頃の思い出として「友達と森を探検した」とか「友達とミニ四駆を走らせた」というような、友達と過ごした光景が蘇ることが多い。数学は後年に勉強できるが、このように子供時代にしか経験できないこともあるように思える。
感想
どちらの考えも理解できる。
しかし、この点天才少女であるメアリーの視点をうまく汲み取れてないように感じる。『メアリーはどのように学びたいのか?、メアリーはどのように生活したいのか?、メアリーにとって何が将来役に立つだろうか?』。メアリーは数学の能力という一点では秀でているが、他方、子供であるためそれをうまく言語化する術を持っていない。
親が子供ためにこうしてあげたいという考えの濃度が高すぎて、濁っているように思える。
そのため、親は絶えず言語化の能力が乏しい子供の視点に立ち、考えを汲み取る努力をしなければならないと感じる。この際、子供の視点だけでなく子供は長期的な視点を持ち合わせることが難しいので、親の視点でも「何が子供の将来にとって有用な選択か?」を考えてあげなければならない。
どちらの視点の濃度が高まりすぎても、時として濁りすぎて有害になってしまう。両者をかき混ぜて中和し、いい塩梅を模索し、刷新し続けることが不可欠であると感じた。
映画の結末としては、メアリーは学力にあった学校に通い、放課後は公園へ行き、同じ年代の子供たちと遊ぶことになった。そして、メアリーは一緒に暮らしたいフランクと共に暮らしていくことに。子供と親のどちらの立場を内包した、最良の結末になったと思えた。